見てー!

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思えば、たろうがもっと小さい頃は、あまり「見てー!」と言われませんでした。それは多分、言わなくても私がちゃんと見ていたからじゃないかと思うのです。公園でも一緒に遊んでいたし、一人遊びが長続きしない小さな頃は、晩ご飯の支度だって遊び感覚でよく一緒にしていたような気がします。

まめじが生まれて、やっぱり忙しくなったし、たろうは大きくなったのだから放っておいてもいいだろうという思いもあって、「見てー!」と言われても余裕の無いときは「ああ、見た見た!さっき見たってばっ!」(なんで怒ってんねん)って返すこともしばしば。

でも、ちゃんと見ていてほしいんですよね。うん。今ならわかるよ、たろうくん。

というのも、先日、わたくし、また知らないうちに溜めておりまして、朝から夫にイライラをぶつけて責めてしまいました。

毎朝私がこんなにあせあせイライラして用事しているのに、なんでもうちょっと動いてくれないのよ〜!!と腹が立って。だけど洗濯や、加湿器の水を足すとかエアコンのフィルター掃除とか、言わなくても全部夫がやってくれている。それに対する感謝の気持ちはどうなのよ?!こんなに協力的なのにそれでも夫に不足を感じるってどうなん?と自分を責めたり。

ちょうどそんなときに、怒りの感情の奥には別の感情があるんだ、ということを教えてくれる人がいました。「あなたがこうだから私はこんなに腹が立つのよ!」と思ってしまうけれど、感情の責任はすべて自分にあるんだということも。

確かに、相手が同じことをしても自分に余裕のあるときは笑って流せるし、余裕の無いときは腹が立つ、というのはよくあることです。それより、別の感情って何だ?と、わたくし初めて自分の怒りの沸き上がった底の方をのぞいてみたのであります。

そうしたら、あった、あった、ありました。別の感情。夫に対する怒りは、寂しさからくるものでした。こんなにいっぱいいっぱいになってるのに、どうして気がついてくれないの?ちゃんと私のこと見てくれてるの?もっとちゃんとこっちを見て、声をかけてほしい、かまってほしい、一緒に話がしたい。。。つまり、怒りの正体は、夫に対する私の「見てー!」だったのです。

恥ずかしながら、こういう経験初めてだったのです。自分でもびっくり。ええー?!寂しかったのー?この私がー?ってなもんです。

で、その発見を翌日夫にだあだあ泣きながら話しました。「私、子育てして初めてこんな風にあれこれ悩んだりとか心の葛藤とか経験してるけど、考えてみりゃあなたは私より6年も長く生きてるんやから、心の葛藤もいっぱい経験してるんやろうなぁ」と言うと、夫がさらりと「そりゃあ葛藤だらけですわな」と言いました。

今までノー天気でお気楽な人だと歳の差を感じることなく夫と付き合って来たけれど、私には計り知れない部分もたくさん持ってるんだろうなぁ〜とこれまた新鮮で(っつーか私がノー天気ですよね?汗)。

なんちゅうか子育てにもちょっと飽きて、、、いやいや慣れてきて、最近私の中じゃ子供よりも夫との関係の方がメインテーマになりつつあるような気がする。。。

ちなみに、夫の咳がおおげさだったり、体の不調をたびたびつぶやいたりするのは、本人に自覚が有る無しにかかわらず、夫の私に対する「見てー!」なのか?だよね?そういうの冷たくあしらってる私ってどうよ?たははっ。許せ、夫。ちゃんちゃん♪
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by mizu-kusa | 2009-01-17 12:18 | 母は思った
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