Thank you だけじゃぁ

f0041773_16251944.jpg

私は心の中でぷぷっと笑ってしまいました。だけど、それは嘲笑ではありません。確かにちょっと滑稽であったのは否めません。でも、だからといって、英語教師なのに、と非難するつもりはさらさらなく、むしろ、その逆。私はこのM先生にいたく共感してしまった。

Thank you.から溢れる思い、あるいは相手をたてる気持ち、丁寧さ、そういうものを表現したかった、せずにはおれないM先生の気持ちがすごくよくわかったから。

じゃあThank you verry much.ならいいのかというと、実は後にM先生が「どうもThank you verry much でした」というのもを聞いているので、やはりそういう問題ではないのだなぁ。

外国語で思いを伝えるもどかしさ、わかるなぁ。だけど思いが溢れるときは、どんなにつたない言葉でも伝わるんじゃないかなぁ〜。外国語でも日本語でも。あるいは言葉を介さなくても、伝わることってありますよね。

学生時代に私はスペインを一人で旅したことがあります。スペイン語はちょっと勉強していたのでホテルに泊まったり食事したりは何とかできました。

だけど、ある晩泊まった安宿はなんだかとても物騒でした。宿の主人の部屋から数人の男たちの怒鳴りあいのような声が聞こえてくるのです。罵声を浴びせたり、壁を激しくドンドン叩いたり蹴ったりしているような音も。私はすっかり怖くなり、妄想があれこれ膨らんだあげく「宿代を前払いしていない私に対する非難の声なのじゃないか?」と思うようになりました。以下、私の脳内妄想翻訳。

「あの日本人のちびっこいの!宿代払ってないんだぜ!」
「ええ?ほんとか?ちゃんと言わなきゃだめだぜ、オヤジ」
「俺は言ったさ!」
「何?言ったのにシカトしてるってのか?追い出せ、そんなヤツは!」
「おう!今から殴り込みに行こうぜ!」

きゃー!ごめんなさーい。スペイン語がわからなかっただけなのよー。もしかして最初に宿代払えって言われたのかもしれないけど。いや、言われたに違いない!私は殴り込みを避けるために、勇気を出して宿の主人の部屋のドアをノックした。

主人は怪訝そうな顔で私を見た。「あのう、宿代、まだ払ってないんですけど、今払った方がいいですか?一泊だけなんですけど(こんな恐ろしい宿に連泊できるか!)」主人は不機嫌そうに何やらスペイン語で答えた。明日でいいと言われたような気がする。「あ、明日の朝でいいんですか?」主人は、んなこた明日でいいからさっさと出て行けという風情であった。

その部屋のテレビではサッカーの試合が映っていた。男たちは画面に向かって大声を出したり、悔しそうに壁をバンバン叩いたりしていた。場違いな訪問者を気にとめる者など誰もなかった。

私がそれでもまだ事態を把握できずにぽけーっと突っ立っていると、誰かの手がそっと私の手に触れた。ドア近くにいた車いすに乗っているおじいさんであった。

おじいさんは私の手を両手で包み込むようにして、何かを言った。いや、言葉ではなかった。おじいさんの口から聞こえたのは、ただ「あー」というようなしわがれた声とも空気ともつかないような音だけだった。だけど、おじいさんは何事かを私に伝えようとし、温かい手で私の手を握り、しばらくして手を離すと、あっちへお行きというジェスチャーをした。

「こいつらは今サッカーの試合に夢中なんだ。びっくりさせてわるかったね。宿代なんざ出て行くときでいいんだよ。さあ、心配しないでおやすみ。」

私はおじいさんからそんなメッセージを受け取った。私はあのときのおじいさんの手の温もりを忘れない。おじいさんの温かい思いは、言葉にならなくても、私には伝わった。

冒頭のM先生はとても正直で温かみのあるお人柄。「私、授業さえやらなくていいんだったら、とても生徒といい関係が持てるんだけどなぁ〜」なんて、いやいやあなた教師だからって突っ込みたくなるようなことをポロッと私に漏らすような人。Thank you. からはみ出したM先生の思いも、きっとネイティブの先生に届いているに違いない。
[PR]
by mizu-kusa | 2009-10-18 00:37 | その他
<< 恐竜ごっこ バナナの皮 >>