ゆらゆら

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大人にはない発想、あるいは大人が忘れていた気持ち、そういうものに出会えることが、こどもといることの醍醐味だと私は思っています。

でも、育児に疲れちゃうと、こういう瞬間を見過ごしてしまうことがあるのです。久々に今日こんなほっこりした気持ちになれて、ああ、やっと自分が戻ってきたなぁと感じました。

まめじが生まれてから、私はたろうに気を遣いすぎていました。たろうの反抗や甘えをすべてまめじの誕生と結びつけて、たろうを一番にかわいがらなきゃ、愛情を伝えなくちゃ、何を置いてもかまってやらなくちゃって力んでました。

自分が本当にしたいことや怒りたい気持ちを無理に抑えて、たろうのペースに合わせすぎていました。母親としての役割を意識しすぎて、気がつけば本来の自分がどこかに行ってしまっていました。

私は確かに母親だけど、だからって母親らしくする必要はないんじゃないか?私は私らしくあれば、それでいいんじゃないか?と。今更ながら気づいたしだいであります。

そして、自分自身が戻ってくると、力んで無理してた「母親」の私は、今までたろうを「下の子が出来てちょっと不安定な3歳のお兄ちゃん」と見ていて、たろうという個性をないがしろにしてたんじゃないかな、ということにも思い当たりました。

たろうは私の息子には違いないけれど、「かわいい息子よ、おお、よしよし」ってするだけが愛情じゃないよな。たろうはたろうというひとりの人間として尊重することが、本当にたろうを大事にするってことなんだよな、なあんて思ってみたりした晩秋の午後なのでありました。
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by mizu-kusa | 2007-11-25 16:03 | 母は思った
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