カテゴリ:母は思った( 69 )

みんなと同じことをしない子

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多分たろうは「やらなきゃいけない」ということはわかってるけど、そのやらなきゃいけない度が低い。

なんでやらなきゃいけないかという意味が多分わからないんだろうし(これは私もわかりません)、楽しくないことはしたくないんだろうし(これは自然な欲求)、やらないとどうなるかという想像力も欠けているんだと思います(先生に怒られるくらい?みんなが困る?それは本当かどうか怪しい)。

生活発表会の演劇は楽しく上手にできていました。合奏も合唱も。でも、みんなで声をそろえて「いっぱい遊んでくれてありがとう。卒園してもまたときどき遊びに来てね」って言うのは、まぁ確かになんかようわからんところがありますよね。完全に言わされてる状態というか。。。

私もかつて高校で講師をしていたときに、ひとりだけみんなと同じことをしない子がいると困りました。だから先生の気持ちもよくわかる。だけどそれは管理の上で困るということであったり、ほかの生徒の手前放っておけない、つまりあの子だけ特別扱いされてると不公平感を抱かせてはいけない、という思いからでした。

それで、あるときちょっと粘ってその子が同じことをするよう促してみたことがあるんです。すると、ほかの生徒が「先生、ごめん。こいつのことは放っといたって」って彼をフォローしたんです。まわりが彼の個性を認めているなら、私には何の異存もありませんでした。

幼稚園の年少組ではなおさら子供は寛大です。たろうのことも、ほかのやんちゃな子のことも受け入れている。みんなと同じことをしない子には、排除か同化しかないという考えは悲しい。共存という道を幼い子らは教えてくれているように思うのですが。。。(というか、そもそも一斉に同じことをさせるというのがナンセンス?)
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by mizu-kusa | 2009-03-14 16:19 | 母は思った

ある晩の会話

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たろうががらっぱちにならないからか、私がそうだからか、どっちが先かわかりませんが、こういうの好循環というのでせう。気持ちを抑えるというよりおさめるという術をすこーし体得してきたのかもしれません。私もたろうも。

だんだん、たろうが私の気持ちや立場をわかってきてくれているような気がします。(2回泣いたしな〜)うまく言えないけれど、私の方も少したろうを頼るというかそんな気持ちも出て来たような。。。

今までは私自身がたろうの個性を尊重しているか、ひとりの人として向き合えているか、そういうことをあれこれ思っていたのだけれど、最近ふと、たろうが私を母としてではなく、あれ?今自分と同じひとりの人として見てくれているのかな?と感じたりすることがあるのです。

たろうとの関係が少しずつ変わって行く、そんな予感がする春であります。
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by mizu-kusa | 2009-03-04 22:03 | 母は思った

子供は親の言うことを聞かないといけないか

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手は出さなかったし、ひどい言葉も使わなかったけど、今振り返ってみて、あれはいじめだったと思います。

しつけでもなんでもない。ただ自分より弱い者を屈服させたかっただけ。怒っている途中から、目的がかたづけさせることじゃなく、私の言うことを聞かせることになっていました。

たろうは怒られながら、潜在的にそれを感じていただろうと思います。人格を無視されたことを。人権を踏みにじられたことを。愛情からでなく、私自身の問題から、八つ当たり的に自分が怒られていることを。

自分の傲慢さや残酷さを垣間見てしまった。。。(いじめは、いじめる側に問題があるのです^^;)

子供は親の言うことを聞かないといけないのでせうか。家庭内に序列は必要なのでせうか。

力にものを言わせて、従わせることが教育的だとは思えない。
私が力にものを言わせてたろうを従わせるならば、たろうはまめにそうするでせう。
私がたろうより上だと偉そうにすれば、たろうはまめにそうするでせう。
私がたろうの人格を認めないならば、たろうはまめの人格を踏みにじるでせう。

ということで、反省してます。
ついでに夫の人格ももっと認めないといけないんじゃないか?私。
(最近「何ぼーっとしてんの!あんたもたろうと一緒や!」とまとめて叱られることのある夫。力の差はないのでいじめじゃないと思うんだけど、、、いやがらせ?。ぼーっとする自由ぐらい与えてやれっつーの!って私か)
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by mizu-kusa | 2009-02-09 23:11 | 母は思った

見てー!

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思えば、たろうがもっと小さい頃は、あまり「見てー!」と言われませんでした。それは多分、言わなくても私がちゃんと見ていたからじゃないかと思うのです。公園でも一緒に遊んでいたし、一人遊びが長続きしない小さな頃は、晩ご飯の支度だって遊び感覚でよく一緒にしていたような気がします。

まめじが生まれて、やっぱり忙しくなったし、たろうは大きくなったのだから放っておいてもいいだろうという思いもあって、「見てー!」と言われても余裕の無いときは「ああ、見た見た!さっき見たってばっ!」(なんで怒ってんねん)って返すこともしばしば。

でも、ちゃんと見ていてほしいんですよね。うん。今ならわかるよ、たろうくん。

というのも、先日、わたくし、また知らないうちに溜めておりまして、朝から夫にイライラをぶつけて責めてしまいました。

毎朝私がこんなにあせあせイライラして用事しているのに、なんでもうちょっと動いてくれないのよ〜!!と腹が立って。だけど洗濯や、加湿器の水を足すとかエアコンのフィルター掃除とか、言わなくても全部夫がやってくれている。それに対する感謝の気持ちはどうなのよ?!こんなに協力的なのにそれでも夫に不足を感じるってどうなん?と自分を責めたり。

ちょうどそんなときに、怒りの感情の奥には別の感情があるんだ、ということを教えてくれる人がいました。「あなたがこうだから私はこんなに腹が立つのよ!」と思ってしまうけれど、感情の責任はすべて自分にあるんだということも。

確かに、相手が同じことをしても自分に余裕のあるときは笑って流せるし、余裕の無いときは腹が立つ、というのはよくあることです。それより、別の感情って何だ?と、わたくし初めて自分の怒りの沸き上がった底の方をのぞいてみたのであります。

そうしたら、あった、あった、ありました。別の感情。夫に対する怒りは、寂しさからくるものでした。こんなにいっぱいいっぱいになってるのに、どうして気がついてくれないの?ちゃんと私のこと見てくれてるの?もっとちゃんとこっちを見て、声をかけてほしい、かまってほしい、一緒に話がしたい。。。つまり、怒りの正体は、夫に対する私の「見てー!」だったのです。

恥ずかしながら、こういう経験初めてだったのです。自分でもびっくり。ええー?!寂しかったのー?この私がー?ってなもんです。

で、その発見を翌日夫にだあだあ泣きながら話しました。「私、子育てして初めてこんな風にあれこれ悩んだりとか心の葛藤とか経験してるけど、考えてみりゃあなたは私より6年も長く生きてるんやから、心の葛藤もいっぱい経験してるんやろうなぁ」と言うと、夫がさらりと「そりゃあ葛藤だらけですわな」と言いました。

今までノー天気でお気楽な人だと歳の差を感じることなく夫と付き合って来たけれど、私には計り知れない部分もたくさん持ってるんだろうなぁ〜とこれまた新鮮で(っつーか私がノー天気ですよね?汗)。

なんちゅうか子育てにもちょっと飽きて、、、いやいや慣れてきて、最近私の中じゃ子供よりも夫との関係の方がメインテーマになりつつあるような気がする。。。

ちなみに、夫の咳がおおげさだったり、体の不調をたびたびつぶやいたりするのは、本人に自覚が有る無しにかかわらず、夫の私に対する「見てー!」なのか?だよね?そういうの冷たくあしらってる私ってどうよ?たははっ。許せ、夫。ちゃんちゃん♪
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by mizu-kusa | 2009-01-17 12:18 | 母は思った

気兼ねなく

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子供を預けて外出すると、「ゆっくりしておいで」と言われても、つい気兼ねして「早く帰らなくちゃ」とソワソワせかせかしてしまいます。そのくせ、めったにない機会だからとあれもこれもと欲張って、結局、自分の目標時間をオーバーして帰宅します。

だから、帰ってから「遅くなってごめんねー」に続いてなんだか言い訳がましいことをごにょごにょひとりでつぶやいて、出掛けてるときも帰ってからも落ち着かない気持ちであることが多いのです。こんなんじゃ、せっかくのひとり時間も消化不良になって当然ですよねぇ。

それが、今回は素敵な偶然のおかげで、「遅くなってもいいや」と思えて、本当に時間を気にせず(友達の方が気にしてくれたくらい)おしゃべりできたのです。

母になって4年めにして初めて、ひとり時間(ふたり時間か?)を心から楽しめたかもしれません。

すると、帰ってからも自分を責める気持ちも居心地の悪い思いもせず、ただ、その友達に、それから両親に、そして子らに、「ありがとう」という気持ちだけがわき上がって来ました。晩ご飯の準備から夜寝るまでイライラせず、腹を立てず、和やかに過ごせたことは言うまでもありまへん。

人付き合いに、遠慮も気兼ねもいらないのかもなぁ〜。心からのありがとうがあれば、それで万事オーケーなのかもしれないなぁ〜。そうだよなぁ〜。自分だって遠慮や気兼ねされることを望んでないし、それより誰かに心から「ありがとう」って言われる方が断然嬉しいもんなぁ。なぁんてなことを今更ながら思った年明けの出来事でありました。
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by mizu-kusa | 2009-01-11 20:38 | 母は思った

脱皮

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素直で、ただただかわいいばかりの、天使のようなまめ。そんなまめの黄金期が終わりました。まめじ、もうすぐ1歳8ヶ月。

始まりました。激しい自己主張。

遊ぶんだ!ぼくはもっと遊びたいんだ!うちにはまだまだ帰らないよ!

ベビーカーを降りて、かといってもちろん歩かず、抱っこもイヤ。
「お母ちゃんは先に帰るよ!」スタスタとまめを置いて歩き出す。道の真ん中にじっと立って、こちらを見ているまめ。その姿がだんだん小さくなる。泣かない。追いかけてこない。ただじっとこちらを見ている。

仕方なく、また戻ってまめの説得に入る。そっぽ向いて目も合わさない。意志のこもったまめの眼差しをそっと見つめる。その頑さに呆れつつも感心する。

ああ、始まったな。たろうのときもそうだった。いったん家を出たら長期戦。お昼ご飯までに帰れなくなるから、これからは非常食(私の)携帯しないと。

まめじは遠くなりにけり

これからは扱いにくくなる。それがちょっと嬉しくもあり、寂しくもある母であります。
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by mizu-kusa | 2008-12-22 23:19 | 母は思った

二人目だから?

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二人目だから、だと思ふ。母としてだんだん自信がついてきた。保健所で言われる言葉に、ちょっと心が暗くなったりすることがない。

私とまめは、私とまめなりのやり方で、心も体もちゃんと成長しています、と胸を張って言える。たとえ、発達上の問題があったとしても、健康上の問題があったとしても、こんなにキラキラした表情で今を生きるまめがそばにいる、それだけで心は暗くなりようがない。

ありがたいまめの存在。まめの存在を支えてくれるまわりの人たち。

まめちゃんの卒乳はいつになるのかな〜。
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by mizu-kusa | 2008-12-10 14:59 | 母は思った

母として妻として

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結婚前、夫と付き合っているころ、私は何者でもありませんでした。彼女としての役割なんて意識は無かったし(夫の誕生日を忘れたこともあるし、夫の部屋を掃除したこともないっていうか自分の部屋も?)。夫の前で私はただ一個人でありました。

結婚してからも、子供が出来るまでは、妻だからこうしなければならない、なんて縛りは自分にありませんでした。仕事もしていたし、生活費は夫と等分にそれぞれの給料から出していました。職場では仕事上の身分、立場というものがあったけれど、家庭ではやはり一個人でありました。

ところが、子供が出来てから、「母として」の自分を強く意識するようになり、そうすればするほど、「妻として」の自分も強く意識するようになりました。なぜなら、意識が子供にばかり集中して、夫のことは後回しになりがちだったからです。これじゃ「妻として」どうなんだ?あかんやろと思うようになったのです。

思えば、子供が出来るまでは自然にうまれていた夫への思いやりや優しさ、それにともなう行動が、子供が出来たとたんに「自然に」できなくなっていたんです。心が勝手に子供の方へ、子供の方へ行ってしまうんです。夫へは「意識的に」心を目を向けないと、手が回らないんです(夫は全然手のかかる人ではないし、むしろ私が助けてもらうくらい)。それが、夫に対する後ろめたさとなりました。

後ろめたい相手には気を遣います。後ろめたさは自信を奪います。

「妻として」充分でない私のことを夫はどう思っているのだろうか?夫が「母として」の自分に「妻として」の自分に不満を持っているのではないか?(夫は問いただしても私に対する不平不満を言いません。ほんとかよ〜という思いが拭えない。それも後ろめたさゆえ)

今回のイラストに描いたことも、私は携帯の充電を「母親としての責任」という観点で見ていたのに対し、夫は単純に方向音痴の私が困ったときに役に立つように、私の方から連絡がとれるようにしてくれていたのです。夫の単純な優しさを危うく「充電ぐらいちゃんとしときなさいよー母親でしょ」という責めにとってしまうところでした。

夫は私が思うほど「母として」「妻として」の私を意識していないし、はっきりいって求められてもいないのかもしれません。夫が見つめ、求めているのは、ただ一個人である私であって、結婚前から、もしかしたら変わっていないのかも。

そう思うと、夫が私に不満を言わないのは口にするほどの不満が無いからだわ、と素直にとってしまおう♪(え?正直に言うのが恐いからだって?ああ、ここ読んでなんておめでたいヤツ〜って思われるんだろうなぁ。)

そうだそうだ。もうやめよう。母も妻ももうやめよう。ひとりの人間として生きよう。

秋晴れの空の下、干した布団とりこみながらそう思ったら、自然に夫への温かい気持ちがよみがえってきました。妻らしく、でなく、人間らしく生きるなら、一番身近な人を大切にするのはきっと自然にできることだから。
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by mizu-kusa | 2008-10-04 22:56 | 母は思った

キャッチボール

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公園でたろうと遊んでいたら、グローブとボールを持った男の子が何も言わずになんだか私たちの近くをうろうろ。。。せっかくグローブ持って来たのに相手がいないらしい。よし、じゃあいっちょ相手になってやるか、とたろうに「ちょっとお兄ちゃんの相手したってええか?」と聞いたら「いいよ。たろう見てる」と快諾。

はじめてみたらとまらなくなったキャッチボール。楽しいっ!投げて受ける、すっごい単純。ただそれだけなのに、なんでこんなに楽しいんだろう?

夏休みに夫の実家で甥っ子ともしたんだけど、それもまた楽しかった。たろうが大きくなったら絶対キャッチボールしようっ!ちなみに公園で出会ったこの男の子は小1だから、そう先の話ではない。た、の、し、み〜♪

あ、でも、たろう時間はおそろしくゆっくりなのだった。たろうとキャッチボールできる日はいつなんだろうか。。。
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by mizu-kusa | 2008-09-24 14:25 | 母は思った

崖の上のポニョ

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以前たろうに「千と千尋の神隠し」をパソコンで見せたら、休憩無しにじーっと夢中になって見続けたので、「崖の上のポニョ」を観に行くことにしました。

千と千尋の方がおもしろかったのか、反応はいまいち。眠かったからかもしれないけど。ぽにょのお父さんをたろうは「海のおっちゃん」と表現していました。

ところで、私は実は泣きました(てへっ)。どこでー?でしょ?ポニョが津波の魚の上をどんどん走ってるところです。ポニョの妹たちがぐんぐん浮上して魚になるあたりで、この上昇感はやばいっと思いました。案の定涙が湧いて来ちゃった。

実はわたくしトトロでも泣いたのです。さつきとメイがまいた種が一夜にして大木に成長する場面です。あれもぐんぐんぐんって伸びていきますよね、木が。もこもこにょきにょき枝葉を広げて。あそこで涙が出てしまった。

嬉しいとか悲しいとかじゃない。理由なき感動とでも申しませうか。強いて言えば「勢い」に感動したのかなぁ。画力、絵の持つ力、勢い。胸がじーんとなって勝手に涙が出て来てしまふ。うーん、やっぱすごいなぁ。
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by mizu-kusa | 2008-09-06 22:26 | 母は思った